大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)11110号 判決

原告 川田博光 ほか二名

被告 国

訴訟代理人 薄津芳 山田雅夫

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は原告ら三名に対し金二二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  請求の原因

1  原告川田博光は昭和四〇年七月二六日訴外川田正斎からその所有にかかる別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)の贈与を受け、その後昭和四七年八月二八日原告川田家郷、同川田国雄にそれぞれ本件土地の持分三分の一を譲渡したので同土地は原告ら三名の共有となり、その旨の登記を経由した。

2  ところが昭和四八年はじめ頃原告らが現地に赴いたところ、本件土地付近一帯が分譲地となつていたので不審に思い調査したところ、昭和四八年五月二九日付で群馬県農政部長からの回答書が届き、次のような事実が判明した。

(1) 戦前、旧陸軍が本件土地を含む近隣一帯の土地約九〇万坪を演習場用地として買収するに当り、所有者であり且つ登記名義人でもあつた前記川田正斎に無断で本件土地が右買収地の一部に組入れられてしまい、戦後陸軍が解体したのち登記名義人川田正斎のまま大蔵省財務局前橋支部に引継がれ、その後農業上の用に供するため農林省が一括所管換えを受け、これを群馬県知事が国の機関として一括区画整理のうえ、新地番が付され新たな登記簿も作成されて地元各農家に払下げられた。その後さらに不動産業者が前記土地を買収して分譲のため細分化(分筆)し、本件土地は別紙目録二別表示記載の如く分筆され(別紙図面参照)、それぞれ他に分譲された。かくして本件土地については別紙目録一、二記載の如く二つの登記簿が併存することになつた。

(2) 他方、原告らはその間昭和三二年頃木造の面積約三坪ほどのバンガローを本件土地に建設し昭和三七年頃まで使用したが、昭和四二年に現地に行つた折には右バンガローは火事で焼失した痕跡があり、建物の土台だけが残つていた。

3  以上の経過に徴すれば、本件土地は昭和三七年ないし昭和四二年頃までの間に原告らの事実的支配から脱して他の者の支配に移つたものといわねばならず、以後一〇年の経過により本件土地はそれぞれ他に時効取得され、原告らはその所有権を喪失したものである。これは旧陸軍用地買収にあたり公務の遂行として当該事務を処理する係官が他人の権利を侵害しないよう十分注意を尽くす義務に背いて非買収地である本件土地まで買収目録に記載してしまつたことに端を発し、最終的には群馬県知事が国の機関として区画整理をなすに当り、当該事務を担当する係官が土地所有関係を充分調査し、他人の権利を侵害することのないよう注意すべき義務を有しながら、これを怠り、漫然、本件土地を含めて一括区画整理のうえ新登記簿を作成し地元農家に払下げてしまつたことに因るものである。以上の如く公務員の過失ある職務行為によつて本件土地所有権を喪失した原告らは国家賠償法第一条第一項に基き国に対しその損害の賠償を求め得る。

4  そして時効取得された昭和四七年ないし昭和五二年当時の本件土地の時価は少くとも総額二二〇〇万円をくだらない。

5  よつて原告らは被告に対し金二二〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年一月一八日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求の原因1は不知。

2  同2の冒頭部分の群馬県農政部長の回答がなされたことは認める。(1)のうち本件土地が所有者であり且つ登記名義人であつた川田正斎に無断で旧陸軍買収地に組入れられたとの事実を否認し、その余の事実は認める。なお、群馬県知事は本件土地を含む近隣一帯の五町二反八畝一〇歩の土地に一四四五番の新地番を付し農地法第六一条に基き昭和三〇年三月一日薪炭採草地として北軽井沢開拓農業協同組合に対して売渡し、同組合は昭和四六年四月二三日右土地を付近に居住する組合員である農民二一名に贈与し、同農民らがこれを他に売却、さらに分譲された経過となつている。

同2の(2)は否認する。昭和三五年頃本件土地の一部に縦約三メートル、横約二メートルの仮設山小屋が建てられたが、翌年頃倒壊した。

3  同3のうち原告らが本件土地の所有権を喪失したことは認めるが、その余は否認する。

4  同4は否認する。

三  抗弁

1  旧陸軍は昭和一八年頃当時の本件土地の所有者川田正斎より本件土地を代金三三三円三三銭(一反歩当り金一〇〇円)を支払つて買収した。

2  原告らの損害賠償請求権は民法第七二四条後段の除斥期間にかかり消滅した。すなわち被告が本件土地を北軽井沢開拓農業協同組合に対し売渡した日は昭和三〇年三月一日であり、本訴が提起されたのは昭和五〇年一二月二七日であるから、原告らの本訴請求権は前記二〇年の除斥期間にかかり消滅した。民法第七二四条の後段の規定を消滅時効の規定と解するとしても二〇年を経過した昭和五〇年三月一日の経過によつて消滅時効が完成しているので、本訴(昭和五三年一月一三日本件第一四回口頭弁論期日)において、これを援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2も否認する。民法第七二四条後段にいう「不法行為のときより二〇年」とは「不法行為のあつたとき」即ち「不法行為にもとずく損害賠償債権発生のとき」であつて、本件において損害賠償債権が発生したときとは昭和四七年ないし同五二年にかけて本件土地を第三者らに時効取得されたことを意味するから同条後段にいう二〇年の期間はいまだ経過していない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告らは旧陸軍が非買収地である本件土地を買収地に組入れたことに端を発し、最終的には群馬県知事が機関委任事務として区画整理をなすに当り、当該事務を担当する公務員が本件土地の所有関係を調査すべき義務を怠り、漫然、本件土地を含めて一括区画整理のうえ新登記簿を作成し地元農家に払下げたことによ

り、現時点では本件土地は他に時効取得され、原告らは本件土地の所有権を喪失したから国家賠償法第一条第一項にもとづき本件土地の価格相当の損害の賠償を求めると主張するのに対し、被告は仮りに原告ら主張のとおりであるとしても群馬県知事が本件土地を含む近隣一帯の土地を北軽井沢開拓農業協同組合に対して売渡したのは昭和三〇年三月一日のことであり、他方、本訴の提起は昭和五〇年一二月二七日のことに属するから、本訴請求にかかる損害賠償請求権は民法第七二四条後段にいう二〇年の除斥期間にかかり消滅した旨抗争するので、まず、この点から判断する。

1  請求の原因2の(1)は、旧陸軍が所有者川田正斎に無断で本件土地を旧陸軍買収地に組入れた点を除いて当事者間に争がなく、〈証拠省略〉によると、地元農家へ払下げられる前に昭和三〇年三月一日本件土地を含む近隣一帯の土地五町二反八畝一〇歩が群馬県知事より北軽井沢開拓農業協同組合に対して売渡された経過となつていることが認められる。他方、本訴の提起されたのが昭和五〇年一二月二七日であることは記録上明らかであるから、その間既に二〇年の期間を経過していることは暦算上明瞭である。

2  そして民法第七二四条後段にいう「不法行為ノ時ヨリ二十年ヲ経過シタルトキ」とはいわゆる除斥期間を意味し、損害発生の原因である違法行為がなされた時点から起算されると解するのが相当であるから、前示の如く遅くとも群馬県知事が本件土地を含む近隣一帯の土地を北軽井沢開拓農業協同組合に売渡した昭和三〇年三月一日が右除斥期間の起算日となり、そうすれば原告らの本訴損害賠償請求権は二〇年の除斥期間の経過により消滅したものといわねばならない(国家賠償法第四条、民法第七二四条)。

3  したがつて被告の抗弁は理由があり、原告らの請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当となる。

二  よつて原告らの本訴請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

物件目録

一 群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原字鬼ノ泉水所在

地番 一〇五三番五二

山林 三三〇五平方メートル

二 (別表示)

前同所所在

地番 一四四五番のうち

二一一、二一二、二一三、二一九、二二〇、二二一、二二二の各全部

一九七、一九八、一九九、二〇〇、二〇一、二〇二、二一〇、二一八の各一部

(別紙図面参照)〈省略〉

【参考】損害賠償請求事件

(大阪地裁 昭和四三年(ワ)第七二一六号 昭和四五年一一月一〇日判決)

(原告)橘末太郎 (被告)国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

被告は原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一二月三一日より右完済にいたるまで年五歩の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二(当事者の陳述)

一 原告の請求原因

1 別紙目録記載の土地(以下本件土地と称する)は、原告の所有であるところ、地元農地委員会(現在は八尾市農業委員会)は、右土地について、その所有者を訴外橘善次郎であるとして、買収並びに売渡の各計画を立て、これに基き訴外大阪府知事は、昭和二二年一二月二日右橘善次郎に対して右土地の買収処分をなし、同時にこれを訴外三野夘之助に対して売渡処分をなした。

2 右のように本件土地についての右買収処分は、いずれも真の所有者でないものに対してなされたものであるから、重大且明白な瑕疵を有し、無効であつて、右無効の買収処分を前提とする訴外三野夘之助に対する売渡処分もまた無効となつたのであるが、右土地は右訴外人が昭和二二年一二月二日から一〇年間経過した同三二年一二月二日取得時効の完成によりその所有権を取得し、反面、原告は右所有権を喪失するにいたつた。

3 そして、原告が本件土地の所有権を失つたのは、地元農地委員会ひいては政府の重大なる過失に基因するものである。

即ち、本件土地について、その所有者を判定するに当つては、先ず登記簿を閲覧すべき責任があるのに、これをなすことなく、何らの根拠もなしに、軽卒に訴外橘善次郎を所有者であるとして買収並びに売渡の各計画が樹立され、これに基いて政府により本件の買収、並びに売渡の各処分がなされた。

4 しかも、右買収並びに売渡の各処分は、原告不知の間になされ、原告が始めて、この事を知つたのは、昭和三五年一二月七日八尾市役所より本件土地の一部二〇坪を道路敷として買収する旨の通告がなされた時である。右買収並びに売渡の各処分の登記も、処分の日である昭和二二年一二月二日から約一三年二カ月も遅れた同三六年一月二八日になされたのである。

5 原告が本件土地の所有権を失つたのは、訴外三野夘之助の時効取得によるものであるが、その原因は右のような政府の違法無効な買収処分に基因するものであるから、原告は国家賠償法一条一項により、被告国に対し、損害賠償として、本件土地の時価金一〇〇〇万円(原告は昭和三六年七月国、三野夘之助を相手方として本件土地について大阪地方裁判所に所有権確認等請求の訴を提起し、原告は右訴訟に勝訴したが、控訴審において訴外三野夘之助の時効完成による所有権取得が確認されて原告は敗訴し、その後、昭和四三年九月二四日最高裁判所の上告棄却の判決言渡により右判決は確定し、その時に原告は右土地の所有権を喪失したものである。上記金一〇〇〇万円は本件土地のその時の価格による)並びに右金員に対する本訴状送達の翌日たる昭和四三年一二月三一日より右完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

二 (被告の請求原因に対する答弁)

原告の請求原因事実の内、本件土地について地元農地委員会が買収計画を定め、これに基き大阪府知事は昭和二二年一二月二日買収処分をなしたこと、右土地を訴外三野夘之助に対し、売渡処分をなし、同人に対して原告主張のような登記がされていることは、いずれも認め、その余の事実は否認する。

三 (被告の主張)

(1) (イ) 訴外大阪府知事は、本件土地を訴外橘善次郎の所有するものと認めて、同人に対して買収令書を交付し、また、同人に対して買収対価を交付したものであるから、本件買収処分は自創法三条一項一号に基ずき、違法になされているものである。

本件土地は、原告名義に登記されているが、昭和一八年頃原告は父祖伝来の家屋敷を処分して八尾市植松を離れて三重県南牟婁郡に転出し、さらに福岡県に転出した。ところで、本件土地については、原告は、小作人にその処置を告げることもしなかつたので、地元農地委員会は原告の兄訴外橘善次郎に尋ねたところ、自己の所有であるといい、右訴外人も自己の農地として管理し、小作料も領収し、同人名義の領収書を発行している。そして原告転出後、原告から小作料の請求がなされたことは一度もなかつた。このように誰の眼にも右善次郎の所有であることに疑を差しはさむ余地のない状態であつたので、地元農地委員会は善次郎宛に買収計画を樹立、公告、縦覧し、大阪府知事も善次郎宛に買収令書を発行したものである。そして同人は右買収令書を遅くとも昭和二三年七月頃までに受領し、同二四年二月には買収対価も受領しているのである。

この事実は、登記簿上の所有名義如何にかかわらず、右善次郎が真の所有者であつて、原告は所有者でないことを物語るものである。

(ロ) 仮に、本件土地が原告の所有であるとしても、昭和一八年以来本件買収にいたるまで右善次郎が本件土地の所有者として振舞つている前記の事情並びに次のような事情、即ち、地元農地委員会が本件土地の買収に当つて、善次郎及び本件土地の外原告名義となつていた三筆の土地の小作人について調査したところ、右善次郎はこれらをも自己の所有である旨申告し、小作人もまた同様の証明をなしたこと及び前記農地委員会は右の事実関係を確認するため、原告の住所地を調査したが判明せず、結局確認することができなかつたこと、以上のことから、右訴外人を所有者と判断したことは無理からぬ事情があつたのであるから、本件買収処分は当然無効となるものではない。

(ハ) 従つて、本件買収処分は有効であるから、これが当然無効であることを前提とする原告の主張は、失当である。

(1) なお、仮に、本件買収処分が無効であるとしても、次の理由により被告には賠償をなす責を負うものではない。

(イ) (因果関係がないことについて)

原告が本件土地の所有権を喪失したのは、もつぱら被売渡人に取得時効が完成したことによるものであり、被告の買収、売渡各処分によるものではない。即ち、時効取得者は、占有の始めから当該物件について所有権を有し、他方時効によつて所有権を喪失する者は、右占有の始めからその所有権を有していなかつたものとみなされ、時効により得喪された権利は、占有の始めにおいて適法に前主から後主に移転したものとみなされるにいたるのである。そもそも、時効の制度は、右のような事実を権利とみなして、不確定な状態につき、再び法律上の問題を提起することのないようにする趣旨であり、従つて時効によつて所有権を喪失した者が、右所有権にかわる損害賠償を請求するがごときことは、民法一四四条の認めないところである。

本件についてこれをみれば、被告国は所有権移転の手段として旧地主から農地を買収するのであるが、その買収が無効であれば、国は当該農地の所有権を取得しえないから、さらにこれを売渡しても、被売渡人はその所有権を取得するはずはなく、原告もまたこれによつて所有権を失わないわけである。ところが、原告は被売渡人の一〇年の取得時効の援用によつて、その所有権を喪失したのであり、それは被売渡人の一〇年に亘る占有の継続と原告の権利の不行使に基因するものである。

さらに、このことは、国が買収にかかる土地を他人に売渡すことなく、自ら占有し、国について取得時効が完成した場合を考えてみれば、一層明らかである。この場合には、国が所有権を時効取得したという事実が認められる以上、国はその土地を適法に取得したことになるから、旧地主はもはや買収の違法や無効を主張しえないし、それを理由とする損害賠償も請求しえないことになる。

(ロ) (相当因果関係がないことについて)

原告における本件土地の所有権喪失が、国の買収、売渡各処分と全く無関係ではないとしても、両者の間には相当因果関係がない。

けだし、被売渡人が本件土地を時効取得するためには、売渡後さらに被売渡人の一〇年にわたる占有の継続とその期間中原告において時効中断の措置をとらないことを要するが、土地のように重要な財産たる不動産について、真実の権利者が一〇年もの長期間にわたつてその権利を行使しないということは、通常は到底考えられないからである。なお、この場合権利者が権利の存在を知らず、また権利者に権利行使に出られない事情があるかどうかは問うところではない。

従つて、時効完成による旧地主の所有権喪失は、買収、売渡各処分の無効により通常生ずべき損害ではなく、また、被告国においてその結果を予見しうべかりし特別の事情もなかつたのであるから、相当因果関係を欠くものである。

(ハ) (損害のないことについて)

民法一四四条によれば、時効が完成した場合には、その起算日にさかのぼつて権利の得喪があつたものとするのであるから、時効の援用がなされた以上、原告らの所有権の喪失は、その起算日に生じたことになり、従つて、その時点における時価が損害額ということになる。

ところで、本件土地は小作地であつたのであるから、その時価は賃借権のついた農地としての価格でなければならない。そして、本件においては原告が不在中であつたとしても、これに替つて本件土地を管理していた訴外橘善次郎が買収の対価を受領済みである。

右の買収の対価は、賃借権付きの農地の時価に当るように、自創法六条三項において規定されており、通常は売渡人が売渡時に支払う対価と一致している。なんとなれば、被告国は自作農を創設するため地主から買収し、小作人に売渡したにすぎないからである。(政府は地主と小作人との間に立つて農地の売買が公正且円滑ならしめるために介入しているにすぎないのである。)そして、被売渡人は国より売渡を受け、本件土地を占有したのであるから、被売渡人の時効の起算点における時価は右売渡の時価と一致するのである。従つて、原告は本件土地所有権の喪失に関しては何らの損害をもこうむつていないのである。

(3) 仮に、本件買収並びに売渡の各処分が原告に対して不法行為を構成するとしても、本訴が提記された昭和四三年一一月三〇日には、本件買収並びに売渡の各処分がなされた昭和二二年一二月二日から既に二〇年を経過し、民法七二四条後段の除斥期間にかかつているから、原告は被告に対して不法行為の責任を訴求し得ない。

また仮に、同条項が消滅時効の規定であると解する場合には、二〇年の経過によつて、被告の不法行為に基く、損害賠償請求権は、時効によつて消滅したものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一本件土地は、地元農地委員会が買収計画を定め、これに基き大阪府知事は昭和二二年一二月二日買収処分をなし、さらにこれを訴外三野夘之助に対し売渡処分をし、昭和三六年一月二八日その旨の登記手続がなされたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右三野が一〇年の時効完成により本件土地の所有権を取得し、そのため原告が右土地の所有権を失つたことは、弁論の全趣旨より、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

第二そこで、原告主張の請求原因事実についての判断はさておき、先ず被告の損害賠償請求権の消滅時効の主張について判断する。

民法七二四条後段によれば、不法行為に因る損害賠償の請求権が、不法行為の時より二〇年経過したときは時効により消滅する旨規定している。ところで、本件において原告は、本件土地についてなされた買収処分の行為が違法であることを前提として、国家賠償法一条一項により被告国に対して損害賠償を求めているのであるが、同法四条によれば、前記民法七二四条が適用される。そして右買収処分が昭和二二年一二月二日になされたことは、前記のとおり当事者間に争いのないところであり、本訴の提起されたのが昭和四三年二月三〇日であることは、本件記録上明らかである。

そうだとすれば、仮に、本件買収処分が原告主張のように違法行為に該当するとしても、右買収処分のなされた昭和二二年一二月二日から二〇年の経過と共に、原告主張の損害賠償請求権は時効完成により消滅するにいたつたものといわなければならない。従つて、右期日以降に提起された原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当たることは免れないので、これを棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎 安間喜夫 小林登美子)

買収当時

大阪府中河内郡竜華町大字植松弐弐〇番地

一、 田 壱反壱六歩 外畦畔弐歩

現在の表示

八尾市十倉町壱四番地の一

一、 田 九畝壱八歩

同所壱四番地の弐

一、 田 弐〇歩

(以上二筆)

【参考】損害賠償請求事件

(東京地裁 昭和四六年(ワ)第四三三一号 昭和四九年二月二一日判決)

(原告)杉浦平太郎 (被告)国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一 原告

被告は原告に対し二、一四〇万円およびこれに対する昭和三一年七月一二日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二 被告

主文同旨

仮執行免脱の宣言

第二主張

一 原告の請求原因

(一) 原告はもと別紙目録記載の各土地を所有していたところ、訴外東京都知事は同目録記載(一)の土地(以下、本件(一)の土地という。)につき買収期日を昭和二四年一〇月二日、同目録記載(二)の土地(以下、本件(二)の土地という。)および同目録記載(三)の土地(以下、本件(三)の土地という。)につきいずれも買収期日を昭和二二年一二月二日とする買収処分をし(以下、本件買収処分という。)、さらに、本件(一)の土地を昭和二七年八月九日ごろ(仮にそうでないとしても、昭和二六年一一月二五日ごろ)、本件(二)の土地を昭和二五年七月六日までにいずれも訴外鹿野力蔵に、本件(三)の土地を昭和二四年三月三一日ごろ訴外西野豊三郎にそれぞれ売渡通知書を交付して売り渡す旨の処分をし(以下、本件売渡処分という。)、本件(一)の土地については昭和三一年七月一二日付で鹿野力蔵のために、本件(二)の土地については昭和二七年四月二五日付で同人のために、本件(三)の土地については同年五月九日付で西野豊三郎のためにそれぞれ売渡しを原因とする所有権取得登記手続がなされた。

(二) 本件買収処分は違法無効であり、したがつて、本件売渡処分も違法無効である。

1 旧自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)三条による買収処分は同法九条一項本文により買収令書を被買収者に交付してこれをなすべきこととされている。ところで、本件買収処分当時の原告の住所は千葉県東葛飾郡鎌ケ谷村道野辺四八五番地にあつたが、東京都知事は本件買収処分に関する買収令書を原告に交付しようとするにあたり、あて名やあて先の記載を誤つた結果、買収令書が不送達になつてしまつた。そこで、東京都知事は自創法九条一項但し書にもとづき買収令書の交付に代えて次のような公告をした(以下、本件公告という。なお、次の(1)の公告を本件(1)の公告、(2)の公告を本件(2)の公告ともいう。)。

(1) 昭和二四年一二月一日東京都告示一一一八号ノ二

買収の時期 昭和二二年一二月二日

買収記号 東京に二七三九

地積 一反三畝五歩

被買収者 墨田区吾嬬町一ノ四 松浦平太郎

(2) 昭和二五年四月四日東京都告示二七二号

買収の時期 昭和二四年一〇月二日

買収記号 東京わ一三一

地積 一畝一二歩

被買収者 千葉県葛飾郡道野四八八 杉浦平太郎

2 右に述べたとおり、本件買収処分に関する買収令書は東京都知事の過失により、これを交付することができなかつたものであるから、本件公告は自創法九条一項但し書の要件がないのになされたものであり無効である。なお、本件(1)の公告においては被買収者の住所として原告が昭和一二年当時一年間ほど居住していた場所を記載してあるが、吾嬬町東の東を落し、被買収者である原告の氏の杉浦を松浦と表示しており、本件(2)の公告においては被買収者の住所を東葛飾郡鎌ケ谷村道野辺四八五番地とすべきところを、東葛飾郡の東と鎌ケ谷村と道野辺の辺を落し、番地を四八八と誤記している。

3 したがつて、本件買収処分は違法無効であり、本件売渡処分も違法無効である。

(三) ところで、本件(一)、(二)の土地の売渡しを受けた鹿野力蔵および本件(三)の土地売渡しを受けた西野豊三郎は、それぞれ売渡通知書の交付を受けた日より右各土地を占有し、その占有開始時に過失がなかつたので、同日の翌日から起算して一〇年の経過によりそれぞれ右各土地の所有権を時効によつて取得するに至り、その反面原告は右各土地の所有権を失つた。

(四) 違法無効な本件売渡処分がなされたのは東京都知事の過失にもとづくものであり、東京都知事は被告の機関としてこれをしたものであるから、被告は国家賠償法一条にもとづき本件売渡処分に起因する本件(一)ないし(三)の土地の所有権の喪失により原告の被つた損害を賠償する義務がある。

(五)本件(一)ないし(三)の土地の所有権の喪失にもとづき原告の被つた損害は、鹿野力蔵および西野豊三郎による右各土地の取得時効の期間満了の時点における価額によつて算定すべきところ、本件においてはその価額は三・三平方メートルあたり一〇万円が相当であるから、原告の被つた損害は合計二、一四〇万円となる。

(六) よつて、被告に対し右二、一四〇万円およびこれに対する不法行為の日以後である三一年七月一二日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する被告の答弁および主張

(一) 請求原因(一)の事実のうち、鹿野力蔵および西野豊三郎に対する売渡通知書の交付日の点を除き、その余は認める。右交付日は後記(二)の5のとおりである。請求原因(二)の事実は争う。もつとも、同(二)の1の事実のうち、本件買収処分に関する買収令書が原告へ交付されていないこと、その交付に代えて自創法九条一項但し書にもとづき本件公告がなされたことは認める。請求原因(三)の事実は認める。請求原因(四)および(五)の事実は争う。

(二) 本件買収・売渡処分の経緯について

1 東京都江戸川区農地委員会は、昭和二二年六月ごろ農地の一筆調査を実施し、農地性、小作地、所有者の住所、氏名等を確認した。しかし、水害によりその調査書が汚損し使用不能となつたので、昭和二三年に管内の耕作者に耕作者一覧表を提出させ、小作地については所有者の住所、氏名、買収・売渡しの有無等について調査した。そして、右耕作者一覧表により本件(一)、(二)の土地は鹿野力蔵が、本件(三)の土地は西野豊三郎が賃借耕作していることを確認した。

2 右農地委員会は本件(一)の土地につき買収期日を昭和二四年一〇月二日とする買収計画を、また、本件(二)、(三)の土地につき買収期日を昭和二二年一二月二日とする買収計画を樹立した。

3 東京都知事は右2の各買収計画にもとずき本件(一)の土地については千葉県葛飾郡道野辺四八五杉浦平太郎あてに、また、本件(二)、(三)の土地については墨田区吾嬬町東一ノ四杉浦平太郎あてに自創法九条一項にもとづき買収令書を交付しようとしたが、交付できなかつたため同項但し書にもとずき本件公告をした。

4 前記農地委員会は本件(一)の土地につき昭和二四年一〇月二日を売渡期日とする売渡計画を、また、本件(二)、(三)の土地については昭和二二年一二月二日を売渡期日とする売渡計画を確立した。

5 そこで、東京都知事は、自創法一六条により右4の各売渡計画にもとづき、本件(一)の土地については昭和二四年一一月一〇日までに、本件(二)の土地については同年二月一八日までにいずれも小作人であつた鹿野力蔵に売渡通知書を交付し、本件(三)の土地については同日までに小作人であつた西野豊三郎に売渡通知書を交付して本件売渡処分をした。

(三) 東京都知事に故意・過失がないことについて

1 東京都知事は右(二)の3で述べた各あて先およびあて名で本件買収処分に関する買収令書を交付しようとしたのであるが、本件(一)の土地の買収令書についてはあて先より鎌ケ谷村の表示を落し、また、本件(二)、(三)の土地の買収令書については買収計画を樹立した昭和二二年ごろにおける被買収者である原告の住所を墨田区吾嬬町東一ノ四と認めて同所あてに交付しようとしたものである。

2 ところで、本件(一)ないし(三)の土地の登記簿上の原告の住所は東京市城東区亀戸町四丁目四四となつていたのに、右(二)の3で述べたようなあて先に買収令書を交付しようとしたのは小作人の申告にもとづく住所を採用したものであるが、現在のように住民登録制度が完備しておらず、戦災により住居地の確認が十分になしえなかつた当時の情況のもとにおいては、他に原告の住所を確認する方法もなく、右のような事務処理もやむをえなかつたのである。しかも、アメリカの占領政策の一環として至上命令により短期間のうちに膨大な量の農地改革を完遂すべく強要された当時の情況のもとにおいては、平穏な現在での想像をはるかにこえる困難な事務処理をせざるをえない状態であつたのであるから、右のような事務処理をしたとしても、東京都知事に故意・過失はなかつたと解すべきである。

(四) 損害の性質について

取得時効は占有という事実状態の継続があれば占有権原のいかんにかかわらず違法な権利取得を認める制度であるから、取得時効の完成によつて所有権を失うことは経済的損失ではあつても、

法律上損害賠償の対象となる損害ではない。

(五) 相当因果関係がないことについて

時効取得は、売渡しを受けた者の占有の継続により生ずるものであつて、無効な売渡処分の効果として生ずるものではないから、売渡処分と時効取得、したがつてその反面としての所有権喪失との間には相当因果関係がない。

(六) 損害賠償請求権の時効消滅について

1 仮に、本件買収処分が不法行為になるとしても、不法行為にもとづく損害賠償請求権は民法七二四条後段にもとづき不法行為の時より二〇年を経過することにより消滅するものであるところ、本件(一)の土地の買収処分は昭和二四年一〇月二日に、本件(二)、(三)の土地の買収処分は昭和二二年一二月二日に行なわれたものであるから、本訴提起日までにすでに二〇年を経過している。したがつて、原告主張の損害賠償請求権はすでに消滅している。

2 仮に、本件売渡処分が不法行為にあたり、民法七二四条後段にもとづく二〇年の期間を右処分時より起算すべきであるとしても、本件(一)の土地の売渡処分は昭和二四年一一月一〇日までに、本件(二)、(三)の土地の売渡処分は同年二月一八日までに行なわれたものであるから、本訴提起日までにすでに二〇年を経過している。したがつて、原告主張の損害賠償請求はすべて消滅している。

3 また仮に、本件売渡処分の日が被告主張のとおり認められないとしても、本件(一)の土地については昭和三一年七月一二日付、本件(二)の土地については昭和二七年四月二五日付、本件(三)の土地については同年五月九日付をもつてそれぞれ自創法一六条による売渡しを原因とする被売渡人らのための所有権取得登記手続がなされた。してみれば、原告は少なくとも右登記手続がなされたことにより自己の所有していた本件(一)ないし(三)の土地を被告が自創法により買収しこれを被売渡人らに売り渡したとの事実を知つたというべきであり、本件(一)ないし(三)の土地を違法に第三者に売り渡されたことによる損害の発生をもあわせ知つたというべきである。したがつて、原告主張の損害賠償請求権は、右各登記手続のなされた日より三年を経過することにより民法七二四条前段にもとづき消滅したものである。

(七) 損害額算定の時期について

仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、その額は売渡処分当時の小作地としての価額によるべきである。

(八) 遅延損害金の起算日について

原告は、昭和三七年八月九日本件(一)ないし(三)の土地の被売渡人らに取得時効が完成したため原告に損害が発生したと主張しながら、昭和三一年七月一二日以降の遅延損害金を請求しているが、右は矛盾している。

三 被告の主張に対する原告の答弁および反論

(一) 被告の主張(二)の1の事実のうち、鹿野力蔵が本件(一)、(二)の土地を、西野豊三郎が本件(三)の土地をそれぞれ賃借していたことは否認し、その余は不知。被告の主張(二)の2の事実は不知、同(二)の3の事実のうち、本件公告がなされたことおよび買収令書が住所氏名を誤つて発送されたことは認めるが、その余は否認する。本件買収処分に関する買収令書についてはそのあて先を千葉県東葛飾郡鎌ケ谷村道野辺四八五番地とすべきところ、本件(一)の土地については東葛飾郡の東と鎌ケ谷村の記載を落し、四八五番地を四八八番地と誤記したものであり、本件(二)、(三)の土地については原告が昭和一二年当時一年間ほど居住していた場所あてに買収令書を発送しているが、しかも吾嬬町東の東を落し、原告の氏を松浦と誤記している。被告の主張(二)の4の事実は認める。同(二)の5の事実は争う。もつとも、本件(二)の土地に関する売渡通知書の交付が昭和二五年七月六日までになされたことは認める。

(二) 被告の主張(三)は争う。買収令書のあて先およびあて名の誤りは右(一)で述べたとおりである。

(三) 被告の主張(四)は争う。

(四) 被告の主張(五)は争う。

(五) 被告の主張(六)は争う。原告は本件売渡処分を不法行為として損害賠償を求めているのであるから、民法七二四条後段の二〇年の期間の記算点は本件売渡処分の時である。仮に、本件買収処分と本件売渡処分が一連の不法行為にあたるとしても、右二〇年の期間の起算点は本件売渡処分の時である。そして、本件売渡処分は、前記のとおり本件(一)の土地に関するものが昭和二七年八月九日ごろ(仮にそうでないとしても、昭和二六年一一月二五日ごろ)、本件(二)の土地に関するものが昭和二五年七月六日ごろ、本件(三)の土地に関するものが昭和二四年三月三一日ごろ行なわれたものであつて、少なくとも本件(一)の土地に関する損害賠償請求権は民法七二四条後段により消滅してはいない。なお、本件(一)ないし(三)の土地につき被告主張のとおりに自創法一六条による売渡しを原因とする所有権取得登記手続がなされたことは請求原因として述べたところであるが、原告は右事実を知らなかつたのである。

(六) 被告の主張(七)は争う。原告が有していた本件(一)ないし(三)の土地の所有権は被売渡人らが時効によつて右土地の所有権を取得すると同時に失われ、その時点において原告の損害が現実化するので、請求原因において述べたように損害額は時効期間満了の時点における価額によつて算定すべきである。

第三立証 〈省略〉

理由

一 請求原因(一)の事実のうち、鹿野力蔵および西野豊三郎に対する売渡通知書の交付日の点を除くその余の事実ならびに同(三)の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張にかかるその余の請求原因事実についての判断はさておき、まず、被告の民法七二四条後段にもとづく主張について検討する。

原告の本訴請求は国家賠償法一条一項にもとづくものであるところ、同法四条により民法七二四条も適用されることになる。そして、同条後段によれば、不法行為による損害賠償請求権は不法行為の時より二〇年を経過した時は消滅する旨規定されている。ところで、右二〇年の期間の起算点につき、被告は第一次的に本件買収処分時であると主張し、原告は本件売渡処分時であると主張するので、ここではとりあえず原告主張のとおり本件売渡処分時であるとの仮定に立つて検討を進めることにする。

本件(二)の土地に関する売渡処分、すなわち、被売渡人である鹿野力蔵への売渡通知書の交付が昭和二五年七月六日までになされたことおよび本件(三)の土地に関する売渡処分、すなわち、被売渡人である西野豊三郎への売渡通知書の交付が昭和二四年三月三一日ごろなされたことは原告の自認するところである。

〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すれば、本件(一)の土地につき売渡期日を昭和二四年一〇月二日とする売渡計画が樹立され(このことは当事者間に争いがない。)、東京都農地委員会は同年一二月二日右売渡計画を承認したこと、右売渡計画においては本件(一)の土地を含め合計二町七反二畝二五歩の田畑につきいずれも昭和二四年一〇月二日を売渡期日として売渡計画が樹立され、被売渡人は本件(一)の土地の被売渡人である西野力蔵を含め合計三六人であつたこと、その中の二人である訴外鹿野五郎および同吉野正に対する各売渡通知書はいずれも昭和二四年一一月七日に発行されていること、本件(一)の土地および右吉野正に売り渡した土地の売渡代金の納入期限は納入通知書により昭和二六年一二月二五日と指定されたが、いずれも現実には昭和二七年八月九日に納入されたこと、買収期日を同じくする買収令書の交付や売渡期日を同じくする売渡通知書の交付はそれぞれの農地委員会においておおむね一括して処理されていたこと、農地の買収は六〇%が昭和二二年度中に、三〇%が昭和二三年度中に行なわれ、同年度末には九三%に達しており、その売渡しは昭和二二年度末でそれまでに買収されたものの三七・七%であつたが、昭和二三年度に至つて急速に進められ、同年度末には九八・二%、昭和二四年度末には九八・五%が売り渡されたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実にもとづいて考えれば、本件(一)の土地の売渡通知書は高野五郎や吉野正に対する売渡通知書と同じく昭和二四年一一月七日に発行され、それから数日後には鹿野力蔵へ交付されたものと推認するのが相当である。

もつとも、本件(一)の土地に関する鹿野力蔵のための自創法一六条にもとづく売渡しを原因とする所有権取得登記手続が昭和三一年七月一二日付でなされたことは当事者間に争いがないが、〈証拠省略〉や弁論の全趣旨によれば農地の売渡処分にもとづく売渡登記の売渡登記の嘱託手続が一般に遅れたことが認められるので、右事実は前記確認を左右するに足りず、また、本件(一)の土地の買収令書の交付に代えて昭和二五年四月四日に公告がなされたことは当事者間に争いがないが、〈証拠省略〉によれば江戸川区農地委員会では買収令書を発送したことによりそれが受領されたかどうかにかかわらず、とにかく買収処分をしたということで事務手続を進めていたことが認められ、したがつて、売渡通知書を交付した後に買収令書の交付に代わる公告をするということも短期間内に膨大な事務処理を要求された農地改革においては十分ありうることであつて、前記確認を左右するに足りない。

以上のとおり、本件(一)の土地の売渡処分は昭和二四年一一月七日の数日後に、本件(二)の土地の売渡処分は昭和二五年七月六日までに、本件(三)の土地の売渡処分は昭和二四年三月三一日ごろなされたものというべきところ、本訴が提起されたのが昭和四六年五月二四日であることは本件記録上明らかであるから、右各売渡処分時より本訴提起時まですでに二〇年以上を経過していることが明らかである。

してみれば、その余の点を判断するまでもなく、原告主張の損害賠償請求権は仮に発生したとしても、すでに民法七二四条後段により消滅しているものといわなければならない。

三 よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 上田豊三 篠原勝美)

目録

(一)東京都江戸川区葛西二丁目四七一五番一

一 田 一畝一二歩(一三八・八四平方メートル)

(二)同所同番二

一 田 一畝六歩(一一九平方メートル)

(三)同都同区長島町八八一番四

一 畑 四畝一六歩(四四九・五八平方メートル)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例